恋愛を科学する

現役東大生が昨今の恋愛研究や、自身の恋愛研究を紹介します。既存のメディアの均一的な情報に皆さんの恋愛が左右されることがないよう、実際の恋愛のありようや、行われている恋愛研究など最新の知見を通して知ってもらえたらなと思います。行動経済学・メディア学・社会心理学なら少しは語れる。かも。

恋愛を学問すること、科学することは世の中に受け入れられないような気がする

長いタイトルですいません。

 

こんばんは、わなみあやです。最近はインターンいろいろいってます。ある企業では、おみやげをくれたのが印象に残りましたね…笑

でもそれ、いらないもの過ぎて…

 

 

 

恋愛を学問的に捉えても、それから行動をこうするべきだということをいうのは難しいです。

なぜならそのサジェスチョンは、本来の学問の役割とかけ離れているからです。社会科学は特に、「社会」の「科学」なのですから、社会的にその科学を行うことが要請されていることが前提条件として存在します。

そのため、「社会」を中心に捉える科学、学問は「個人」という存在にたいして、なんら一つとして行動の改善提案を行うことはありません。個人に対してこうしろああしろという研究をしているという社会科学者は、今すぐやめちゃえって感じですよね。うん。

ただ、人文科学でそのようなこと(個人に対してこうしろああしろっていうサジェストをすること)は少しみられ、だからこそ「恋愛学」という言葉が創出されているような気がします。

たとえば、応用心理学。心理学の諸知見を実際の問題場面で活かそうねみたいな感じの学問らしいんですけど、発達心理学(子どもが主領域の心理学)と相性よさそうですよね。

そいうよーな学問が、「研究を実際の行動にあてはめて、行動を改善すること」を容易にしてきたように思われます。

そのこと自体はいっこうにかまわないのですが、学問の力を借りることで権威があるかのように見せることで行動改善や、人々の行動を断じてこれがいいあれがだめと論じることを安直に行うことが可能になってしまいました。

本当の学問を知ることや本当の情報が欲しい人をつなぐことを、昨今のメディアは難しくしてしまったのです。

まあ、学問の提供できることっていうのを人に伝えるには、実際に効果がありそうで可能性が高そうで相手にとってためになるっていう条件がないと聞いてくれませんから、どうしてもこびなきゃいけないんでしょうけど。

 

あれですよね、実用性、もとめられがち的な。

 

 

 

本当に学術的裏付けがしっかりしている恋愛学は、早々多くなく、いろいろな人々の気を引くために、どうしてもイメージや都合のいい形で物事を伝えるための「言葉」としてしか「恋愛+学」という言葉が使われているようにみえてなりません。

巷でよくある「恋愛心理学で恋人を手に入れよう」とか「恋愛研究所がお送りする理想の付き合い方」みたいな言説は、個人の感想を語る会と同じになっていませんか?本当にそこに学術的裏付けは存在していますか?「アメリカの科学者の研究によると、」とかいって、適当にありそうな論文をちょちょいと加工して、一次情報を看過させようとしていませんか?っていう。

メディアが提供する学問として恋愛を科学する人々に対して、社会科学の研究者として私は疑念を投げかけます。

 

言っていることが非常になんかいでしょうが、学問は人々の行動を是正するためのものか?ということですよね。

うーん、恋愛学とかいってるけど、実は個人の感想なだけだよね、みたいな?

 

ま、これも一学生のたわごと。

 

恋愛を科学する、なかなかなかなか進まないんですけど、そろそろゼミなどでもしゃれにならないのでなんとかしたいです。ああああああ。